本展の看板のまえで、つま先立ちで小林永濯《菅原道真天拝山祈祷の図》のポーズ

触覚的な質感表現への執着 高橋由一


高橋由一《浴湯図》
1878(明治11)年 東京藝術大学
山下
これ(高橋由一《浴湯図》)、高橋由一(たかはしゆいち)が師匠のチャールズ・ワーグマン(イギリスの画家『イラストレイティッド・ロンドン・ニュース』の特派員として来日)の絵を模写したもの。左に「高橋由一摹(模)」ってあって、右にワーグマンの署名がある。ということはワーグマン、風呂屋を見に行ってるわけですよね。
混浴、行ったことある?
井浦
はい、小、中学生とか小さい頃に。昔いろんなところにありましたよね?
山下
本当?
井浦
東北のほうの温泉を巡って洞窟を抜けて行くと、女性のお風呂になって『ああ!』となったりしてた。夢かな、あれ。
山下
でも明治の初めに混浴禁止令が出されるまで、銭湯は混浴だったそうですね。外国の人にとってはすごいびっくりしたんだと思う。でもさすがはイギリス人のワーグマン。慎ましやかで、微妙に隠してんだよね。露骨には描いてない。

高橋由一《花魁(美人)》
1872(明治5)年 重要文化財 東京藝術大学
山下
本展出品作の中で一番有名な作品だと思います。実際にこれはモデルがいるよね。吉原の花魁の何ていう人だっけ?
古田
稲本楼の「小稲(こいな)」という、実在の人物です。このモデルになった頃は22~23歳。
山下
22、3歳!どう見ても熟女ですよね。これ出来上がって見せたら『私こんな顔してない』って怒ったという逸話が残ってる。でね、昔から僕はこの着物がどうなってるのか不思議だった。ぐるっと羽織るようなもの?
古田
太夫が一番上に羽織る、刺繍などで盛り上がってる最も豪華なものだと思います。
山下
右はどう見ても鯉かなんかの魚のしっぽみたいだけど、左は刺繍が毛並みのように見えているし、ビロードみたいな部分もある。一体どういう構造になってるか分かりにくい。不思議な絵だと思います。
古田
多分、そもそもそういうことを伝えようとしてないんですよね。構造にあんまり関心がない。
山下
そうかも。要するに、触覚的な質感表現にしか関心がないから、立体としての構造を伝えようという意識がほとんどない。
井浦
確かに高橋由一の油絵を見てると、ここが描きたかったってところだけがピントが合っていて、あと全部ピンぼけしてる感じになってますよね。それが分かりやすくて、『いいなあ~、気持ちいいなあ~』って見ています。
山下
これはね、応援団にとって思い出深くて、東京藝大の収蔵庫から出して《花魁》と《鮭》を赤瀬川さんと一緒に特別に見せてもらったことがある。で、その足で羽田から高松空港に飛んで、こんぴらさんの高橋由一館に行ったんですね。最近行った?
《鮭》 東京藝術大学大学美術館]*本展には出品されていません
井浦
行ってきたばっかりです。『Domani』という雑誌で「隔月 新空館」っていう連載をやってるんですけど、それで。
山下
豆腐、見ました? 僕ね、由一の絵であの豆腐が一番好きなの。
《豆腐》 金刀比羅宮 高橋由一館]*本展には出品されていません
井浦
見ました。いや~、よかったですねえ。びっくりしました。
山下
まな板の傷とかを一生懸命描いてる。
井浦
そこ描きたかったんだろうな、って思う。
山下
でもさ、豆腐と油揚げと焼豆腐を画題にしようと思うか?
井浦
すごいですよね。
山下
これぞ、日本の明治の油絵なんですね。西洋では絶対描かないものをいきなり描いてる。だからね、由一は一番オリジナリティがあると思うんだよね。

洋画草創期の本格派 五姓田義松


五姓田義松《横浜亀橋通》
1879(明治12)年 東京藝術大学
山下
五姓田義松(ごせだよしまつ)は実力派。一般的な知名度はないけれども、油絵草創期に活躍した五姓田芳柳(ごせだほうりゅう)を父親に持ち、フランスへ留学するわけですね。非常に早熟で、素晴らしい技量を持っていた。この絵(五姓田義松《横浜亀橋通》)は横浜の石川町辺りの「つるや」って店のロゴをすごく丁寧に描いてるよね。この「鶴屋」っていうのは後に東京に進出して、今の銀座の松屋の前身になる呉服屋なんだそうですよ。こういうちっちゃいけど、すごく密度がある絵、好きですね。

チャールズ・ワーグマン《五姓田芳柳像》
19世紀後半 明治時代 東京藝術大学
山下
これ(チャールズ・ワーグマン《五姓田芳柳像》)はチャールズ・ワーグマンが描いた五姓田義松のお父さん五姓田芳柳なんだけど、疲れてるね~。
井浦
疲れてますね。
山下
僕は割と男前だとは思うんだけれども、なんでこういう情けない姿で描いたのか、って気がします。

五姓田義松《自画像》
1877(明治10)年 東京藝術大学
山下
で、息子の五姓田義松の自画像ですけれども、技術が、より本格的になってきてるのが分かると思いますね。なかなかかっこいいね。
井浦
かっこいいですね。目のキリッとした感じが小栗旬くんみたいな。
山下
ああ、似てるね。こういう人物の絵とか、勝手にそういうふうに想像してると面白いね。

2mの自在の竜に、旭玉山の骸骨。驚くべき明治工芸


高石重義《竜自在》
18-19世紀 江戸時代後期 ボストン美術館
Gift of Mrs. W. Donnison Hodges, 63.628
山下
2mくらいある自在の竜。僕が知る限りではダントツに一番でっかい。
井浦
やっぱりそうなんですね。
山下
自在といえば、前に僕が企画した超絶技巧の明治工芸の展覧会の時に、新くんも自分の手に取って動かしたりしてみたよね。
井浦
はい。そのときは、細かければ細かいほどすごいって思ったんですけど、大きいのもすごいなって。
山下
今まで最大のものとして知られてたのは、東京国立博物館が所蔵している江戸時代の明珍(みょうちん)という甲冑を作ってた一団の1.3mくらいのものだったから、ぶったまげました。こんなものが、まだボストンの蔵の中に眠ってたわけですからね。
古田
眠ってたんじゃなくて、ボストン美術館に行くとですねえ、壁に掛かってるんですよ。
山下
井浦
えっ?
山下
壁に掛かってる? 竜が天を飛ぶみたいな展示になってる?
古田
そうなんです。我々が2~3年前から調査に行って、『あ、これいいな~』と思って、藝大でも高いとこ掛けようと思ったら、ケースに入れられてしまった。
山下
昔からそうなってたのかな。
古田
元々ニューヨークのコレクターのところにあって、これが収蔵されたのはそんな昔ではないそうです。
旭玉山《人体骨格》
年代不祥 東京藝術大学
山下
東京藝大名物、旭玉山(あさひぎょくざん)作《人体骨格》のスライドショーをちょっとご覧に入れたいと思います。自由自在に関節が動くので、踊らせてみたり、走らせたり、お祈りさせてみたり、お遊びで写真を撮っておられる。けど、この旭玉山って人も凄い人で、色んな材料の彫刻を手掛けた人で、木や象牙の彫刻もやるし、あるいは非常に複雑な象嵌(地の素材を彫り、別の素材をはめこんで模様をあらわす技法)もしたり、楽しいものです。

2mの大男が描く、繊細極まりない絵


小林清親《猫と提灯と鼠》
1877(明治10)年 ボストン美術館
Chinese and Japanese Special Fund, 35.1929
山下 
これは誰の作品でしょう。
井浦
小林清親(こばやしきよちか)。大好きです。
山下
猫が押さえてるのは?
井浦
ネズミの尻尾。びっくりしました。
山下
そう。このネズミは提灯の中に逃げ込んで、なんとか這い出そうと提灯を突き破ってるけれども、もう絶体絶命。この絵は清親の絵として海外ではとても有名な絵ですね。
井浦
これが版画だというのがすごいですねえ。
山下
そう。猫の毛とか、これを木版でやるか? と思います。
じつは清親って、ものすごく大っきい人だったのね。身長が2mぐらいあったって。
井浦
え? すごいですねえ。
山下
日本美術史上最大の作家なの。これ、ホントみたいね。
古田
顔つきもすごいですよね。
山下
それなのにものすごく繊細な絵を描く。2mの男がこの猫の絵、描くか?

小林清親《九段坂五月夜》
1880(明治13)年 ボストン美術館
Asiatic Curator’s Fund, 63.777
山下
清親といえば「光線画」と言われる夜景の中の光を描いた絵。
井浦
もっと華奢な人で、昼間に外出しないで夜中に徘徊してたから夜の絵なのかなって思ってたんですけど、2mなんですね。
山下
いま練馬区立美術館で「没後100年小林清親展」をやってるよ(5月17日まで)。息子連れてぜひ行くといいよ。英才教育してる?
井浦
いや、子供の目線が面白いんですよ。この展示にあった《風神・雷神》を見て、『風神、雷神どっちが好き?』って聞いたら、『こっち』と風神を選んだんですよ。『なんで?』って言ったら、『顔が優しいじゃん』て。そういう目線って確かに忘れてたな、素直に見るってホント大事だなと。
山下
いい話ですね。子煩悩だからね。携帯の待ち受け、子供の写真だしね。

河鍋暁斎《風神・雷神》19世紀後半 明治時代 ボストン美術館
William Sturgis Bigelow Collection, 11.7514, Fenollosa-Weld Collection, 11.4605

じつは当時の芝居のポスターだったかも? 小林永濯


小林永濯《七福神》
1860-80年代 明治時代 ボストン美術館
William Sturgis Bigelow Collection, 11.7971
山下
これ(小林永濯《七福神》)、好きだなあ~。
古田
教えていただきたいんですけど、これ何してるとこなんでしょうか。
山下
「布袋渡河」(あるいは「布袋渡水」)って、画題としてはよくあるよ。
古田
七福神たちが船を漕ぎ出して向こうに行ってますよね。
山下
普通、唐子という中国風の子供を連れている布袋を単独で描くもので、七福神の残りが『じゃあね、お先に~』って布袋を置き去りにする図像は、僕は知らない。かわいそうな布袋。
井浦
七福神たち、漕いでますもんね。
山下
この足の毛の感じとか何とも不気味じゃない? あと、陰影を付けてるよね。これなんか、狩野一信(かのうかずのぶ)の《五百羅漢図》(*本展には出品されていません)にも通じる要素があって面白い。

小林永濯《菅原道真天拝山祈祷の図》
1860–90年頃 明治時代 ボストン美術館
William Sturgis Bigelow Collection, 11.9412
山下
この絵(小林永濯《菅原道真天拝山祈祷の図》)の存在を知ったのは、1990年代のはじめに講談社から『日本美術全集』が出て、その明治の巻に載ったから。それまで小林永濯(こばやしえいたく)はほとんど知られてなかったけど、ボストンにいいのがある。どうですか?
井浦
この一枚を見たら物語が始まってしまっているというか、映画のポスターなどにも力強くてカッコいいと思います。
山下
菅原道真が雷に打たれた瞬間なんですよね。帽子とか、持ち物が飛んで、爪先で立ってて、感電しちゃってる感じ。インパクトあります。これをポスターにするっていうのは古田さんのアイデアですね。
古田
大きさといい、これしかないでしょう。明治16(1883)年4月に歌舞伎の春木座で「菅原実記」という芝居があって、その当時出たばっかりのマグネシウム発光器を芝居の演出に使って、ラストシーンでバシャバシャってやったのが評判になった、という資料を最近見つけました。芝居小屋に掛けてあったんじゃないかと思うんですね。
山下
そうか。野外で見せる芝居小屋の看板的なもの。だから絹じゃなくて綿布に水彩絵の具なんだ。

持って帰りたい作品


横山大観  《月下の海》
1904–05(明治37–38)年頃  ボストン美術館
Gift of Mrs. Francis Gardner Curtis, 41.499
山下
新くんの欲しい作品はどれ? 今回、「ザ・朦朧体(もうろうたい/横山大観などが試みた、輪郭線を用いず、にじみやぼかしで描く描法)」みたいなのに思うところがあったみたいね。
井浦
びっくりしました。会場でこのふたつ(横山大観《月下の海》《海》)の作品を見て、『水? え、これ、誰だ?』って思って近づいたら「大観」ってあって、こんなん描いてたんだ~と。何でも描ける人だと思うんですけど、この表現は見たことなかったんで。
山下
富士山描いてるみたいな、イメージだもんね。
井浦
とくに《海》を持って帰りたいです。ホント、ちょっと驚きました。

横山大観《海》
1904-05(明治37-38)年頃 ボストン美術館
Bequest of Mrs. Edward Jackson Holmes, Edward Jackson Holmes Collection, 64.2074
山下
大観のイメージが変わるような作品だと思う。日本では朦朧体っていうのは悪評に晒されたのだけど、こんな単純に水面だけを描いてるのは、西洋の人にはものすごく新鮮に見えたんだよね。向こうの人が買ったものが最近になってボストン美術館に納まってる。それを今回まとめて見られたのは、素晴らしかったと思います。

作者不詳《猿蒔絵盆》 
19世紀後半 明治時代 ボストン美術館
Charles Goddard Weld Collection, 11.5828
山下
僕が欲しいなと思ったのは、猿の蒔絵のお盆。真ん中に狩野派で描かれる百猿図みたいな絵があって、その中から飛び出してきたお猿さんたちがいる。色んな材料使ってるんですよ。蒔絵だけじゃなくて、螺鈿や象牙も使ってる。ところがこんなにすごいものを作った作者のことが全然わからない。名前も残してないような人の作品が伝わっている。そういう無名性(=アノニマス)こそが明治美術の分厚さを物語っていると思うね。

この展覧会は明治美術の多様な要素というのを、実にいろんな側面から光を当てて見せてくれる展覧会だと思いました。応援団活動も更に続けていきたいと思いますが、今日のお話はこれくらいにしたいと思います。ありがとうございました。
井浦
ありがとうございました。
Photographs © 2014 Museum of Fine Arts, Boston.
構成/藤田麻希

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