地獄太夫

室町時代、堺に実在したとされる遊女。現世の不幸は前世の行いのせいだとして、自ら「地獄」と名乗り、地獄柄の着物をまとった。一休和尚が太夫と連歌問答し、悟りに導いたという伝説もあり、暁斎はしばしば一休と組み合わせて描く。展覧会に出品されている《地獄太夫》の着物は「珊瑚を地獄の炎に見立て、七福神の布袋さんが(地獄の責め苦から救済してくれる)地蔵菩薩に扮している凝ったものです」(山下)。